アメイジング・ジャーニー「神の小屋」に含まれる13の異端(ムービーガイド誌の翻訳)

アメイジング・ジャーニー「神の小屋」異端性が、複数のクリスチャンから指摘されています。

私自身は原作本も映画も直接見てはいませんが、このような意見がある作品をキリスト教会が無批判で(または称賛して)受け入れている現状があるようで、それを危惧しています。

 

以下は、ムービーガイド誌の記事(https://www.movieguide.org/news-articles/thirteen-heresies-in-the-shack.html)から翻訳したものです。

(参照聖句の実際のみことばは、新改訳聖書第3版より個人的に補足しました)。

 

 「神の小屋」における13の異端

マイケル・ユーセフによって書かれた「神の小屋における13の異端」は、その小説や映画に13個の懸念事項があること、また聖書がそれらについて何と語っているかについて、呼びかけています:

 

異端の教え①父なる神はイエスと共に十字架に掛かられた」

 神の目は純粋であり、罪を見ることができないので、聖書は、神は私たちの罪を背負って十字架にかかられた最愛の御子を見ないであろうと、言っています。

ハバクク1:13「あなたの目はあまりきよくて、悪を見ず、労苦に目を留めることができないのでしょう。なぜ、裏切り者をながめておられるのですか。悪者が自分より正しい者をのみこむとき、なぜ黙っておられるのですか。」

マタイ27:45「さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。」)

 

異端の教え②神は彼の愛によって制限されるので、正義を実践することはできない」   

 聖書は、神の愛と正義が同じコインの両面であると宣言しています。同様に神の人格と性格の一部です

(イザヤ61:8「まことに、わたしは公義を愛する主だ。わたしは不法な略奪を憎む。わたしは誠実を尽くして彼らに報い、とこしえの契約を彼らと結ぶ。」

ホセア2:19「わたしはあなたと永遠に契りを結ぶ。正義と公義と、恵みとあわれみをもって、契りを結ぶ。」)

 

異端の教え③神は十字架上で、彼らが悔い改めるか否かにかかわらず、全人類を赦した。 何人かは神との関係を選択するが、そうでなくても神は全ての人を赦す。」  

 イエスは、彼に来る者だけが救われると説明しました。

ヨハネ14:6「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」)

 

異端の教え④「階層構造(上下関係)は、教会や政府にかかわらず、邪悪なものである」

 私たちの神は命令する神です。

(ヨブ 25:2「主権と恐れとは神のもの。神はその高き所で平和をつくる。」)

 

異端の教え⑤「神は人間の罪を決して裁かない」

 神の言葉は、御子イエス・キリストを信じることによって神の裁きから逃れるように、人々に繰り返し言います。

(ローマ2:16「私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって人々の隠れたことをさばかれる日に、行われるのです。」

Ⅱテモテ4:1-3「神の御前で、また、生きている人と死んだ人とをさばかれるキリスト・イエスの御前で、その現れとその御国を思って、私はおごそかに命じます。みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。というのは、人々が健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを自分たちのために寄せ集め、」)

 

異端の教え⑥「神格には階層構造がなく、まさに統一された輪である」

 聖書は、イエスが御父の意志に服従したと言います。これは、ある人物が他の人物よりも優れているか、またはより優れていることを意味しません。まさに独特です。イエスは「わたしはわたしを送ってくださった神のみこころを行うために来た。 わたしは父に従うためにここにいる」と言われました。また「わたしはあなたに聖霊を送ります」とも。

ヨハネ4:34「イエスは彼らに言われた。『わたしを遣わした方のみこころを行い、そのみわざを成し遂げることが、わたしの食物です。」

ヨハネ6:44「わたしを遣わした父が引き寄せられないかぎり、だれもわたしのところに来ることはできません。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」

ヨハネ14:26「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」

ヨハネ15:26「わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。」)

 

関連:Movieguide®の管理者エディタからこの記事を読んで、神の小屋の肯定的および否定的な性質についても読んでください。

 

異端の教え⑦「神は人間の願望と選択を受け入れる」

 「私たちを受け入れる神」とは程遠く、イエスは「永遠の命につながる道は狭い」と言われました。私たちは神の栄光と、神が私たちのために成し遂げてくださったことのゆえに、すべてのことにおいて神に服従するために存在します。

(マタイ7:13-15「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。そして、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。」)

 

異端の教え⑧「愛ゆえに、公義は決してなされない」

 聖書は、神の愛が拒絶され、救済と赦しの申し出が拒否されるとき、公義がなされなければならないことを教えます。そうでなければ、神はいたずらイエス・キリストを十字架で死なせるために送ったことになります。

(マタイ12:20「彼はいたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない、公義を勝利に導くまでは。」

ローマ3:25-26「神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現すためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。それは、今の時にご自身の義を現すためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。」)

 

異端の教え⑨「永遠の裁きや地獄の苦しみのようなものはない」

 イエスご自身の地獄の描写は鮮明です。それは否定できません。

(ルカ12:5「恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。」

ルカ16:23「その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。」)

  

異端の教え⑩「イエスは全ての人とともに、神へ通じる異なった旅を歩いているので、神のもとへ行くためには、どんな道であっても問題ではない」

 イエスは言われました。「わたしが道、真実、命です。誰もわたしによらなければ、父のところへは来ないであろう」。

ヨハネ14:6「イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」)

 

異端の教え⑪「エスは常に私たちとともに変容している」

 天の輝きの中に住まわれるイエスは、神の右に座して、宇宙を統治し支配しておられます。 聖書には「彼はきのうも今日も永久に存在しているので、変わることがない」と書かれています。

(ヘブル11:12「そこで、ひとりの、しかも死んだも同様のアブラハムから、天の星のように、また海べの数えきれない砂のように数多い子孫が生まれたのです。」

ヘブル13:8「イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」

ヤコブ1:17「すべての良い贈り物、また、すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るのです。父には移り変わりや、移り行く影はありません。」)

 

異端の教え⑫「誰でも天国へ行けるので、信仰も神との和解も必要ない」

 イエスは「わたしを信じる者だけが永遠の命を得るだろう」と言われました。

ヨハネ3:15「それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

ヨハネ3:36「御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。」

ヨハネ5:24「まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。」

ヨハネ6:40「事実、わたしの父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」)

 

異端の教え⑬「神を紙に縮小化しているので、聖書は真実ではない」

 聖書は神の息吹です。 確かに、1800年間に渡って多くの人が紙にペンで書きました。(それは例えて言ってみれば、)それぞれ異なる職業と異なる背景でしたが、聖霊が彼らの作業に神の言葉を注入したのです。これらの人々は創世記から黙示録へと同じメッセージを書いていました。もし聖書の中でキリストの箇所についてもっと知りたいのであれば、「私たちはキリストを説教する」(マイケル・ユーセフ著)を読んでください。

(Ⅱテモテ3:16「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」)